あなたは何かにコンプレックスを抱いていますか?
他人と比較される世の中、どうしてもコンプレックスを抱きやすい環境にあると思うのです。

コンプレックスという感情は、昨日お話した「うらやましい」よりもさらに悪質な感情です。
「うらやましい」は、相手の良さを認めることにつながりますが、コンプレックスは完全なる自己拒絶です。
「自分はダメな人間だ」
「自分には存在価値はない」
と自分にメッセージを送っていることになります。
潜在意識にとってみれば、それこそ青酸カリ級の猛毒ですので、今すぐ取り払う必要があります。

コンプレックスを解毒するには3ステップです。

  1. 欠点があってもいいと認める
  2. 克服可能かどうかを判断する
  3. 意味づけと解釈の力を使う、あるいは別な何かで補う

人間、だれしも欠点を持っていて完璧な人間などはどこにもいません。
才色兼備で完璧に見える人は確かにいますが、あなたはその人の私生活すべてを知っていますか?
知らないのであればその人の一面しか見ていません。
もしかしたら裏で悪口を言ってなど性格が悪いのかもしれません。
欠点を隠すのがうまいだけかもしれません。
だから、「自分には欠点があってもいい」と認めることです。

欠点を認めたら次に、コンプレックスに思っていることを現実的に克服可能かどうか判断します。

たとえば、僕もそうなんですが「背が低い」というのは、どうしようもありません。
けれどもそれは欠点だと思い込んでいるに過ぎません。
とくに女性ならば背が低い→カワイイと意味付けしてしまえば、逆に長所になります。
男性ならば筋肉をつければ背の低さを感じなくなります。
それどころか、明るく健康的で爽やかになれば暗くて背が高い人よりもずっと魅力的です。

「勉強ができない」というコンプレックスについては、努力次第で克服可能です。
これは厳しい言い方になってしまいますが、
「あなたは本気で勉強しているのか」
と問いたいです。
トコトンやっていれば多くの場合は人並にはなれるのではないでしょうか。
できないからやらない、というのは感心できません。
トコトンやってみれば、少なくとも1ヶ月前、1年前の自分よりはできているはずです。
それでも成績が伸びなかったら、自分には向いてないと判断して別の道に進めばいいです。

でも、やりたいという感情が湧かない、というのはあると思います。
親やまわりの人にそのことについて馬鹿にされていれば、やりたくなくなるのも無理はありません。

僕の場合、国語ができなくて親に馬鹿にされていたので、勉強する気すら起きませんでした。
当時は馬鹿にされた怒りがありましたが、親も完璧ではないので
「潜在意識について学んでないから言葉の使い方に問題がある」だけです。
そんな僕は今や作家になり、逆に文章を書くことが得意となっているのだから、不思議なものです。
プログラミングを学び続けている僕は、多分日本語をプログラミング言語だと思って書いているのかもしれません。

それならば、別な何かをトコトンがんばりましょう。
僕は「国語ができなくても、数学でトップになる」と決めて、数学の勉強に力を入れました。
大学受験では国語は試験科目ではなかったので、国語コンプレックスは消え失せていました。

コンプレックスが湧いてきそうになってもすぐに消せるおまじないです。

「トコトン行動した自分に納得しています」
「どんなときでも私は自分を受け入れています」
「今この瞬間にも成長しています」
「昨日よりも成長しているのだから、それでいいじゃないか」

人間には必ず欠点があることを認め、他の何かでトコトン努力するようになったあなたは、
もはやコンプレックスを感じることはありません。
欠点すらも魅力に変えられるかわいげのある人になっています。

御一読ありがとうございます。共感していただければ幸甚です。