あなたは何かに悲しんでいますか?
心にすっぽりと穴が空いてしまっていませんか?
悲しみのあまり、何もやる気が起きなかったりしたことはありませんか?
かつての僕はまさにそうでした。
もしあなたがそうであるのならば、
潜在意識を損傷させていますので、
早急に対処する必要があります。
悲しみのあまり行動できない、仕事に身が入らないというのは、
厳しい言い方になりますが「悲しみを免罪符にしている」
つまり「自分に甘えている」ということなんです。
「るびきちの薄情者!あの人は愛する人が亡くなったばかりなんだぞ!」
そんな声が聞こえてきそうなんですが、実は悲しみというのも思い込みなんです。
死別、これは人生で最大の悲しみのひとつであることには変わりありません。
ですが、それは自分の力で乗り越えていかなければなりません。
悲しみを乗り越えられないまま引きずっていては成長の道から外れてしまいますし、
変化の激しい現代においてはあっさりと時代に取り残されてしまいます。
人生はとても厳しいものです。
実は、死別という出来事に対しても、意味づけと解釈の力が使えます。
死別という出来事があったとしても、それを悲しんでいるのは自分自身の解釈だということに気付いてください。
幸い僕達は日本人です。
死を意味する言葉をいくつか挙げてみてください。
「他界」
「昇天」
「死出の旅」
…
これらの言葉をじっくり味わってみると、死とは別世界への転移を暗示してると感じませんか?
このような言葉が存在するということは、日本人はDNAレベルで死後の世界(霊界)の存在を信じていることになります。
死別で悲しんでいるのならば、これらのコトダマの力を借りて乗り切ってみませんか?
実は僕は死別を経験したことこそありませんが、疑似的な死別は何度も経験しています。
子供のころ、仲良かった友達の親から「●(僕)とは遊ぶな」と言われ別れさせられました。
僕はそういう経験を何度もしてきました。
この世ではもう会えない以上、死別と同じです。
たとえ将来再会できたとしても、あの頃と同じではありません。
当時は心の中にすっぽり穴があき、ずっと泣き続けていました。
僕は別な学びによって霊界の存在、そして霊界とはどういうところなのかが見えています。
師匠がよく言う「学びで解決できない問題はない」は本当だと思います。
※決して宗教ではありません。
霊界の存在を確信している今ならば
「▲ちゃん、霊界に行ったらまた一緒に遊ぼうね」
と念じ、今でも僕の心の中に生き続けています。
今では大切な人の死についても
「霊界で見守っててください。僕もそっちに行ったらまた一緒に楽しもう」
とすぐに立ち直ると思います。
おそらく、疑似的な死別を何度も経験させることによって、
本当の死別に対する耐性をつけさせるという宇宙意志なのかもしれません。
悲しみは人間を大きく成長させます。
意味づけと解釈の力を鍛えるまたとない機会です。
北斗の拳の主人公ケンシロウは
「俺の中で生きよ」
と死別を乗り越えてどんどん強くなっています。
極度の悲しみこそが過去の北斗神拳伝承者の誰も会得できなかった
奥義「無想転生」を会得させました。
実際、人間克服できない物事は存在しないのです。
悲しみに沈んだあなたには、この言葉を贈ります。
「この悲しみを乗り越えた自分は、以前よりもはるかに強くなっている」
「悲しみの経験こそ魂が目覚め、大きく成長する」
大きな悲しみを乗り越えることができたあなたは、悲しみに沈んでしまうことはありません。
すぐに立ち直り、一気に成長したあなたに周りは驚くことでしょう。
御一読ありがとうございます。共感していただければ幸甚です。